蝶のまばたき

もう死にたい、消えたい・・・無職アラフィフ独身女の雑記帳

国民愚弄賞

今すぐ死にたいと思っている方、

電車に飛び込みたいと思っている方、

ちょっと待ってください。

以下のような人間でも、

のうのうと生活しているのですよ。

 

夫婦そろって国民にたかり

超物価高のニューヨークで贅沢三昧。

我々の血税をむさぼり、

さまざまな特権を悪用、濫用しながら。

 

だから、あなたが命を絶つことはない。

まだ待ってください。

どうか、なんとかして生き延びましょう。

あなたも、私も。

 

news.yahoo.co.jp

 

 

KK氏、司法試験3回目にして合格だそうです。

昨夜からネットニュースは気持ち悪いほどの

アゲアゲ記事ばかりでフィーバー状態。

 

上の女性自身などは言うに事欠いて

国民栄誉賞レベルの快挙」だってさ(呆)

「国民愚弄賞」の間違いでしょうよ。

 

どこかの記事には「日本の宝」とまで

あったけど、どういう気持ちで書いてるのか💦

どうみても、元皇族の妻ともども

思いっきり「日本の大恥」ですけど。

 

日本の腰抜けメディアと違って、

海外は忖度なしだからバレていますよ。

全部しっかりと。

 

実力で合格したなど、まともな国民は誰も

信じてはいませんからね。

試験を受けたことすら怪しいと思っています。

もちろん3回とも。

 

今回のKK氏合格のために、

総領事館、日本政府はいったい

何を差し出したんだろうか。

差し出し続けるんだろうか。

 

まぁ、そもそも今回だけではなく、

これまでもずっと不正な方法で

分不相応な下駄をはかせ続けてきています。

もちろんそこには、傍系A宮家とその母が

絡んでおり、力を発揮しているわけです。

 

news.yahoo.co.jp

 

↑この竹田さんは以前、

KK氏をこれでもかと口汚く責め立てていました。

一方M子さんを必至に擁護していたのです。

「悪いのはKK、M子さん嫌いにならないで~」と。

 

はっ??KK氏側だけの問題??

ちがうだろーーー。

阻止できる機会はいくらでもあったはず。

M子さんもA宮もKK親子と同類の人間だから

取り込まれることになったんでしょうに。

 

ところがKK・M子結婚後はコロッと

変わりましたね。

竹田さんはKK氏に対し何も言わなくなりました。

それどころか今回「祝福」ですって。

 

「経済的に自立」って、
この二人の能力や今までの生き方を見ていれば
そんなこと到底無理だと思いますが。

どうせずっと忖度&税金ジャブジャブですよ。

竹田さんが自分の財産で彼らを支援してくれるなら
何も言いません。

 

前にこの方が、

「税金税金いうヤツほど大して払っていない」

という国民をバカにするような発言をしていたのを

覚えています。

 

金額の問題ではありません。

金額でしか価値をはかれないというのは

貧しい精神だと思います。

どんなに家柄や血筋が良かろうが。

テレビ番組出演でのスタート時、

ゆ~っくり丁寧におじぎをしようが。

 

日本を貶める行為ばかりする人たちに

私たちの神聖な労働によるお金を

使ってほしくない。1円たりとも。

しごく当たり前の感覚ではないでしょうか。

 

もし今の両陛下と敬宮さまのためならば。

喜んでお金を使って頂きたい。そう思います。

自分の出せる分は本当にわずかだけど、

遠慮しないで使っていただきたい。

これが日本の天皇陛下と国民の関係です。

 

実はKK氏とそのお母様には感謝をしています。

彼らのおかげで平成4人組の悪事や不正行為が

次々と明るみに出るようになりました。

 

毒を出すためには、相応の毒が必要です。

KK母子は天から遣わされた〇神兼使者だと

思っています。

※平成4人組…傍系のA宮夫妻とその両親

 

男系男子派でおかしな人たちがいます。

皇室を敬うと言いながら、なぜかA宮家だけ

擁護するのです。

どれだけ不正やおかしな言動をしようとも。

そしてなぜか今上天皇家を貶めたりスルーします。

(ねっ、竹田さん。)

 

そして地上波・マスゴミはやたらA宮一族と

その両親を取り上げます。擁護します。

もうおわかりですね。

 

何回も申し上げているように

日本の地上波メディアは腐っているので

日本に真に益をもたらす情報は流しません。

 

竹田さん、ありがとうございます。

皇位継承について、あなたのおかげで

旧皇族の復帰云々ではなく、

直系長子派になりました。

というより何よりも先に

敬宮さまの立太子を強く確信しています。

 

今回のKK司法試験合格には大変失望しました。

しかし必ず、陛下と我々日本国民のターンが

やってきます。

今はじっと我慢の子(古い💦)ですが必ず。

真の日本人のDNAをなめるなよ。

 

相変わらず崖っぷちだけど

まだもうちょっと生きてみようと思います。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

            

         2022年10月22日

 

残さざる処の民より

最寄り駅の近くに、わりとよく行く

中華料理店があります。

量が多くて美味しく値段が安いんです。

 

 

中国の方3名で回している様子、

その同じ3名以外は見たことがありません。

シフトによって、その中の一人が欠けて

2名体制のことはありますが。

 

深夜まで営業しているようで、

過労ではないのか時々心配になります。

 

と言いつつ、お盆を過ぎて、

日中国交正常化50周年」が近づくと

しばらくそのお店に行きませんでした。

 

その店員さんのせいでは全然ないのですが、

国の問題として「どこが国交正常??」と

いう思いが拭えず。

EEZ内にミサイルを落とされたことも、

やっぱりモヤモヤが残っていたんです。

 

あと、もう一つ理由があります。

恐ろしい中華料理の存在を知って

しまいまして・・・(>_<)

 

YouTubeでたまに関係ない動画が急に

上がって来ることがありませんか?

その流れで知ることになったのですが。

 

以下2つのメニュー、

生きたまま猿の脳みそを食べる「猿脳」、

生きたまま鼠の赤ちゃんを食べる「三聴」

というものです。

※検索される方はグロに注意してください!

 詳しく知らない方がいいかもしれません。

 当方書いている今も吐きそうになっています。

 

よく中国では、

「4本足のものはテーブル以外何でも食べる」

 とか

「2本足のものは親以外何でも食べる」とか

言われますよね。

 ※「人」ではなくて「親」というのがミソ

 

「猿脳」などは高額な高級料理。

ある病気発症の危険もあり、

今は提供禁止になっているようですが。

それにしても、なぜわざわざ生きたまま

苦痛を与えながら食べる必要があるのか?

(美味だから食べるというわけではない様子)

 

日本にも「踊り食い」というのはありますが、

せめて痛点がないと言われる魚介類です。

というのは言い訳でしょうか。

 

他国の食文化をどうこう言いたくはない。

しかし、それでも中国の残虐性は異常なもの

があると思います。

 

このことを思う時、昔読んだ吉川英治

三国志』のある一場面を思い出します。

 

のちに蜀を建国する劉備が、

(格下に当たる)知人の家を訪問します。

その知人は劉備をもてなすために、

なんと妻子を料理してしまうのです👀

(妻だけだったかな?)

 

大昔読んだので、

細かい設定が違ったらすみません。

ただこのような場面を確かに読みました。

読者がショックを受けないよう

「こうした文化がある」という旨の注釈が

わざわざ入っていたので印象に残りました。

 

たしか貧しく食材がなかったため、

妻子を屠ったと思いますが、それにしても

大事な妻子を殺してどうするの??と。

読んだ当時も意味がわかりませんでしたよ。

 

だって料理しちゃったら、

もう帰って来ないじゃないですか、妻子💦

そこまでして、おもてなしされても

気味が悪いだけですよね。日本の感覚なら。

 

今まで中国文化というと「4000年の歴史」

などと言って、古典の文学・思想といった

良い方面ばかり取り上げられてきました。

 

しかし、ようやく最近は「負」の側面も

表に出てくるようになってきました。

「纏足」や「人肉食」、「宦官」「虐〇」等々

の恐ろしい歴史。

 

作家の百田尚樹さんも、

最近そうした中国本を出版されていますね。

怖いけど読んでみたいですし、

我々日本人は知る必要があると思います。

なにしろ現在進行形で残酷なことを

行っているわけですから。同じ人間に。

 

日本は歴史的に、中国文化の良い部分だけ

選んで自分たちに取り入れて来たんですね。

我々の祖先は本当に賢い民族でしたね。

今は落ちるだけ落ちてこの体たらくですが。

 

私はできれば毎日食べたいほど

刺身が大好きです。

しかし「猿脳」「三聴」というメニューを

知ってからというもの、食べられなくなりました。

お肉も味がしなくなり、元の感覚に戻るには

まだもう少し時間が必要なようです💧

 

つい先日、久しぶりに

いつもの中華料理店に行きました。

丼いっぱいのタンメンと餃子がおいしかったです。

それを店員さんに告げると、笑顔で日本語の

お礼を言ってくれました。

 

いざ戦争になったとき、この店員さんたちが

敵になるのだなと思うと、麺をすすりながらも

複雑な気持ちになります。

あちらは中華鍋で攻撃、こちらは丼と皿で応戦か。

いやいや鍋の前に包丁だよな…。

 

 

もし彼らがどんなに親日で良い人であっても

有事には日本を敵として戦わなければなりません。

中国には「国防動員法」がありますし、

中国共産党に逆らうことなど無理な話です。

 

私はここのお店で食べる時(も)

絶対お米一粒たりとも残していきません。

どんなにお腹いっぱいでも最後は

食器を空にします。

どうしても入らない時は、残りわずかでも

容器をもらって持ち帰ります。

 

「残すのが礼儀の国」へ、

「全部食べるのが礼儀の国」の文化を

身をもって示したいのです。

フジヤマ、ゲイシャ、アニメ等だけが

日本文化ではない。

 

前の席に座って食べている若い女性が

先に終わりお店を去っていきました。

残された食器を見ると、きれいに全部食べて

ありました。小柄で細い女性でしたが。

思わず私は心の中で「よしっ」とつぶやきました。

 

わかっています。無駄な抵抗です。

 

中国の静かな日本侵略は確実に進んでいます。

土地も経済も内側から食い荒らされ、

メディアは操られ事実を流さない。

組織の機密情報は抜き取られ放題。

そもそも国を動かす中枢が中共の手先ですから。

地方自治体もおかしくなってきています。

 

今のように中国が肥え太り、世界へ危機を

与える存在となったのは日本のせいです。

日本がせっせとお金(と技術)を流し続け、

力を持った結果、日本と世界に牙をむくように

なったのです。

 

中国は恩を仇で返すのが得意な国なのに

まだ日本はお金を流し続けています。

ミサイルを撃たれてもなお。

 

対等ではないのに「日中友好」とは笑わせる。

中国の壮大でおぞましいイジメを黙認しておきながら

日本国民に「イジメはやめましょう」とは笑わせる。

  ※イジメという言葉は使いたくないが…(>_<)

 

共産主義グローバリズムに対抗できるのは

「日本精神」だけだと私は思っていますが、

今それが瀕死の状態。英霊に申し訳ない。

 

今度は中華料理店で、料理を完食した後

食器に食らいつくジェスチャーも入れてみようかしら。

 

いいえ、「私は日本人だ!!」と言いたいだけ。

ただ言いたいだけなんです。

食残さざる処の民より、残す処の民へ。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

         

      

          2022年10月12日

肯定せよ2022

改めて当ブログについて紹介、

立ち位置をお伝えします。

 

【ブログ主紹介】

第二次ベビーブーム、就職氷河期世代とも

いわれる現在48歳の独身女性です。

大学は(中退のち復学で)何とか卒業したものの

特技も社会的実績もなく、夢も希望もない。

 

金なし、定職なし、賃貸(シェアハウス)住み

独居の中年ニートです。

結婚歴、(婚姻による)家族なし。

 

前職は10年近く訪問介護事業所で勤務。

ハードな労働で心身疲れ果て退職、

その後ただ無為徒食の日々・・・

あっという間に2年目も半分を経過。

 

親切な読者さまが情報をくださって

少し前から、時々単発の日雇い仕事を

するようにはなりました。

 

現在直接交流している友人はほとんどおらず

一言も会話をしない日がザラにあり。

どこへでも何でも一人行動が基本です。

今に始まったことでなく昔からですが。

 

まるで運命づけられたかのように

どこの組織へ行っても一人になってしまう

天性の?おひとりさまです。

 

発達障害などではないと思いますが

 わかりません。ただ、数々の自分の傾向から

 HSPなのではないかと思っています。

 今もって非常に生きづらいです。

 

【ブログ内容】

不器用で社会になじめず、家族を作り、

子をなすことで我が国に貢献もできず。

集団行動も不得手。

 

自然界ならとっくに淘汰されているであろう

最底辺のカースト「中年独女ニート

という視点から(どんな視点??)

日々自分の思ったことをダラダラ語る

だけの記事です。

 

◆傾向としては以下の内容が多いです。

・日本精神、愛国心(および国を憂うこと)

・断捨離・ミニマリスト的生き方

・生きづらさ・HSP

・自己肯定感・自尊心について

 

【自己肯定感について】

自己肯定感・自尊心の大切さについては

今まで何度も触れてきました。

これからも繰り返し書いていくつもりです。

 

作家でもないのに生意気ですが、

関係ない記事でも、行間に念をこめています。

「自己肯定感~増しましで~」と。

 

なぜならば、自己肯定感とは、人が(幸福に)

生きていく上で最も必要なものだからです。

知ったのは、つい最近のこと。

これこそ、何よりも早く知るべきでした。

 

自分はなぜうまく立ち回れないのか?

行動をよくよく分析してみると、

自己肯定感の低さに起因することが実に多いのです。

今でも辛い思いをしています。

(意識しても急に自己肯定感は高くなりませんからね…)

 

はっきり言いきってしまいます。

自己肯定感(自尊心)というのは

お金よりも大切なものです。

あまりに低い自尊心は命をも奪うからです。

 

当ブログを始めるきっかけとなったのが

鉄道飛び込み自殺の多さにショックを

受けたことからでした。

 

ここに寄って下さった方に1ミリでも少しでも、

自尊心を増やして頂きたいと願っています。

もちろん、このブログに来られる方が皆

自己肯定感が低いわけではないでしょうけど。

 

 

自己肯定感で誤解されがちなのが

自身の「スペック」との関係です。

 

その人の収入や能力、容姿など

何かに秀でていることと

自己肯定感が高いこととは関係がありません。

前者により後者がより強化される可能性は

あるでしょうけれども。

 

何かが優れているから尊い、ではないのです。

自分はそもそも尊い存在であること。

こちらが先なのです。出発点です。基盤です。

 

この土台を間違うと、どんなに才能があろうと

巨万の富を得ようと、0をかけるようなものです。

すぐ不安になってしまいます。

どんなに持っていても満足できず

「まだ自分は足りないのではないか」と

思ってしまうのです。

 

十分な自己肯定感があれば、何を失おうと

やり直すことができます。

揺るぎない自己というしっかりした根があれば。

 

前回の記事で中森明菜さんの曲を話題に

出しました。80年代当時の明菜さんは人気絶頂、

誰が見ても、あれだけの美貌と才能の歌姫です。

財力も当然申し分なかったことでしょう。

 

しかし、蒸し返したくはない話ですが、

忘れもしない1989年夏のこと。

明菜さんは自殺未遂をされました。

 

もし明菜さんに高い自己肯定感があれば、

恐らく死のうとは思わなかったのでは

ないでしょうか。

「あんな男こっちから願い下げだわ」と。

 ※当方「あんな男」=マッチ(近藤真彦さん)

  のファンでもあります(^^;

 

自己存在の不安定さが、彼女の表現者としての

魅力にもなっていることは確かです。

ただ、ご本人は相当辛い思いをしてきたでしょうね。

彼女の自己肯定感の低さは、幼少時からの

家族との関係が大きく影を落としていると推測します。

(あくまでも推測ですが)

 

それだけに「死」とその後の苦難を乗り越えた

明菜さんは誰よりも強いのではないかと思うのです。

いまだにメディアはすぐマッチ絡みで記事にして

活動に水を差すけれども。

 

明菜さんにとって、

青春時代への憧憬はあったとしても

生身のマッチ自体は当にどうでもいい存在

でしょうね。

(ったく、しょーもない不倫で明菜ちゃんに

 迷惑かけないでよ・・・💧)

  ※当方マッチのファンです

 

 

最後にデカルト先生を真似まして一言。

 

  「我尊ぶ、ゆえに我あり」

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

               

           

            2022年10月8日

 

ジプシーニート

 

     百二十五頁で 終わった二人

     燃える愛の途中で Ah すべて

   

     Wine色を染める 重い空に嘆き

     アスファルトのBedに ため息こぼれる

 

 

アラフィフ以上の方なら

上記が何の文言かすぐわかりますね。

中森明菜さんの曲『ジプシークイーン』

出だしの歌詞です🎵

 

この曲は、岡田有希子さん自死との関連で

オカルト的な意味でも有名になりました。

  

  ※補足説明です※

  岡田有希子さんは84年デビューのアイドル歌手。

  人気絶頂の86年に飛び降り自殺で亡くなりました。

  飛び降りた時間が12時5分(⇒百二十五頁)

  4行目の歌詞アスファルトの~」が死去と

  関連しているということで噂が広がりました。

  某歌番組でこの歌が初披露された時、

  岡田さんの亡霊が出たという話も。

 

 

お久しぶりです。蝉口です。

毎日更新での継続が目的だった当ブログも

10月15日でストップしていました。

 

目標継続期間126日に至らずに中断し

我ながらかなり残念です(>_<)

1日坊主からの大躍進、とはいえ

ここは大切な(自分の)生存確認の場でも

ありましたので。

 

当ブログを気にして下さっている方で、

「とうとう死んだか~」と思った方が

いたかもしれません💦

まだ何とかしぶとく生きてますよ~~。

(誰だ、今舌打ちしたヒト?笑)

 

中断した理由ですが(←興味ない?)

目の疲労が蓄積し、画面を見続けることが

できなかったのが大きいです。

パソコンやスマホを見るとすぐ目が

疲れてしまう状態でした。眠気もひどくて…💤

 

数えてみると、更新継続125日だったので

あと1日で目標達成というところでした

あ~、あと一歩。

126代、今上陛下ぁ~~m(__)m

 

さて、今回ブログを100日以上続けてみて

思ったことを挙げてみます。

 

これだけ地味な生活をしていても、

意外と書くことあるものなのだ、ということ。

当初は3日、一週間さえ「書くことがあるのか?」

と危ぶんでいました。

 

二つ目は、

誰か一人でも他者が読む可能性がある

場所で発信することの重みです。

こんな感想をただ書き流すブログであっても

それなりの緊張感、プレッシャーを伴うことが

わかりました。

(だからこそ続けることができたわけですが)

 

三つ目は、記事を書く時に

自己を軽んじる自己との闘いが生じる

ということです。

これが実は一番やっかいです。

上の二点のことよりも、

そもそも立ちはだかるのがこれなのです。

 

私は、自分が思ったことを素直に表現することに

慣れてない人間です。

「私のような者が個人的な考えをこのように

公に出していいのだろうか」という意識が

常にどこかにあるんですね。

これがブレーキ、というか「億劫」を生み出します。

 

ですから、もう一人の自分が

「いやいや、いいんだよ」とたたみかける

必要があるのです。

 

「自分に正直に書いて大丈夫。

今はそういう時代なんだよ。

他者がどう思うかは関係ない。

かっこつけないで、下手でも間違っても

いいから自分の言葉で書けばいいんだよ」と。

 

時には「ここ日本では、このぐらい書いても

収容所に送られることはない。

読む人も少ないんだから、大丈夫だって」

「死ねって言われてみたかったんでしょ??」

 

こうしてたしなめなければ1文字だって

書くことはできません。

記事をアップした後ですら、翌朝などに

「くだらないことを書いてしまった…削除しようか」

と頭を抱えることがあります。

 

でも消しません。

このくだらないことを書くのが、

他でもないこの自分自身だからです。

そのままを認めようと思います。

 

それにしてもびっくりしたのは

ただ好き嫌いを書いただけの内容なのに

イイねを押して下さる方がいたことです👀

(おばちゃんビビったぜ。嬉しいビビりだぜ⚡)

 

もちろん、ただ立ち寄って下さるだけで

とても嬉しいです✨感謝です。

本当にありがとうございますm(__)m

 

今後は毎日更新とはいかなくなるかも

しれませんが、ブログを続けていきたいと

思います。

もし1か月更新がなかったら、

さすがに事切れたと思ってください。

 

最後に、

冒頭の明菜ちゃんの歌詞の回収が

できていませんでしたね💧

 

    百二十五日目で終わったブログ~

    ドライアイと眠気で Ah 逃げた

 

と替え歌にしたかっただけなんです・・・。

つまらなかったですね・・・。

これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

         

           2022年10月2日

 

 

シャンプーをめぐる問題

今日9月15日は「老人の日」だそうです。

 

元々「敬老の日」(祝日)でしたが、

祝日法の改正により、「敬老の日」は

9月の第3月曜日に変更されました。

 

それに伴い、旧敬老の日だった9月15日を

老人の日」として記念日に制定。

国民老人福祉への関心と理解を深めるとともに、

老人自ら生活の向上に努める意欲を促す

ということでして。

 

老いはひたひたと忍び寄ってくる。

中年の私もそう感じている毎日です。

 

先日人生で初めて、シャンプーとリンスを

間違えて買ってきてしまいました(>_<)

※コンディショナーもトリートメント入りも

 ここでは全て「リンス」で統一します。

 

「人生で」とは大げさですが、

そこつ者で数々の凡ミスをしてきた自分も

これだけは幸い免れてきたのです。

だっていかにも間違えそうでしょう?

だから、かなり用心していました。

 



買ってきたシャンプーの詰め替えを

ボトルに投入していると、途中で気づきました。

あれっ、なんか色と液質がちがう・・・👀

半分以上詰めてしまってからです。リンスでした(>_<)

「なぁ~にぃ~! やっちまったなぁ! 」と。

(クールポコさんはお元気かしら…)

 

シャンプーボトルには前のシャンプーが

少し残っていたので、混ざってしまいました。

もうリンスとしては使えません。

無理に使えば使うことはできますが、

リンスがたくさんあっても困るのです。

 

そもそも洗髪の際、シャンプーに対し

リンスは少量しか必要ありません。

ボトルは毎回シャンプーの方が先になくなり

リンスはなかなか減らないのです。

これって私だけなんでしょうかね??

 

お店ではシャンプーとリンスは同じ容量で

大体売られていますよね。

でも私は、リンスがシャンプーの半分量でも

まだ多いぐらいなんです。

 

シャンプーは二度洗いすることがあるけど、

二度リンスはまずない。

しかもリンスは地肌にはつけません。

だから、いつもボトルの残量にズレが出て

面倒くさいんですよ。

 

そしてシャンプーとリンス両者の

見た目がほぼ同じ、という件です。

シリーズやタイプをあえて別々にしない限り。

あれってわざとなんでしょうか?

間違えて買わせて、新たに買い直させて利益を?

まさかそこまでは…と思いますが💦

(ちなみに「メ〇ット」はわかりやすいです)

 

量にしてもデザインにしても・・・

企業にとって何か理由はあるのでしょうが

ずっと不思議でなりませんでした。

誰か知っている方がいたら教えてくださいm(__)m

 

さて話は戻りまして、

リンスを入れてしまったシャンプーボトル。

これを処分するのが今度は大変です。

このままゴミに出してもいいのか。

できれば中をきれいに流して空にしたいですが、

ドロッとしているし量もすごいです。

 

なんとか他の用途に使えないか検索すると

洗濯のとき柔軟剤として使うとか、色々

出てくるものの、う~ん・・・。

そもそも柔軟剤は使っていないしなぁ。

 

今回は図らずも、とはいえ

必要ない物を家に入れてしまうと、このように

余計な思考や仕事が増えてしまいます。

やはり買い物は慎重に行わなくてはと

改めて思いました。

 

近年はシャンプーを使わず洗髪を行う

「ノープー」の方もいるらしいですね。

つまりお湯だけで洗う方式です。

 

私はまだそこまでは考えていませんが、

それができれば、衛生面の物品はかなり

ラクになりそうですよね。

シャンプー類を選ぶ・買う・残量を気にする等

一切必要ないので、詰め替え問題もまるごと

消失します。

 

発想の転換で、洗髪する頭髪自体をなくしたら

どうか=スキンヘッドにする、も考えました。

しかし美容師さんによると、これはこれで

メンテナンスが大変だとのこと。

 

ミニマリストへの道はまだまだこれからです。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

    

          2022年9月15日

グーグル最大のライバル?

人生谷あり谷あり、苦手なことばかり。

 

例を挙げればキリがありませんが

理数系の弱さはなかなかのものです。

「数」全般はもちろん「空間認識」も

非常に不得手です(>_<)

 

この立体の展開図は次のどれか?

などという問題がありますよね。

絶対ムリなんですよ。わかって、お願い。

 

前職では非情にも、

新規お客さん宅の「間取り図」を必ず書く

というミッションがありました💧

職務上の必要情報としてです。

 

書いては見たものの、

実際とまるで違った位置関係だったり

謎の空間が出てしまったりして(>_<)

後でこっそり何度も書き直したものです。

 

屋外とて同じこと。道が不得手です。

巷で「地図が読めない女」という

フレーズがありますが、

まさに自分のことだと思いました。

先生に指されたい元気な小1男児のように

「ハイ、ハイ、ハイ!私、私✋」って感じです。

 

昔、これが入ったタイトルの本も

ありましたっけね。(読んだことないけど)

 

空間認知ベタの関係か、

基本的に写真を撮ることも苦手です。

ブログでは、時に自分で撮った写真を

載せることもありますが、

実は撮ることが好きではありません。

 

実に不得手な「地図を読む=道がわかる」

「写真を撮る」という事柄なのに。

以前から、やたら見知らぬ人から道を聞かれ、

観光地などでは写真撮影を頼まれてきました。

 

写真は、デジカメが出てきてからは

だいぶ気がラクになりましたけれど。

昔のカメラは撮り直しが効かなかったので、

当時はすごいプレッシャーでしたよ。

 

不器用なので緊張してブレちゃったり、

どこか切れちゃって構図がイマイチとか。

撮った後居たたまれず、逃げるようにして去る、

というのがお決まりで(>_<)

(そのグループが後でできた写真を見て

 ガッカリする姿を想像すると・・・涙)

 

「頼むから私に📷頼まないで!皆不幸になるから」

と念じたり、自分の気配を消してみたり💦

でもこっちに来るんだよ~。(なぜ自ら不幸へ??)

いつも一人旅でぼーっとしてるからかなぁ。

 

道を聞かれるのは、旅行先や仕事先でも

関係ないんですね。住んでいる所すら

上手く説明できないぐらいなのに。

雰囲気で「この人ダメそう」って

わかるでしょうに、なんで~(>_<)

「察しの文化」はどこへ行った?日本文化は?

 

道を聞かれたら仕方なく

「ごめんなさい、地元じゃないんです~」

とか言いながら、去っていくパターン。

あと、わからないけど一緒に探してみる(風の)

パターン。主にこの二通りですかね。

以前、全然違う方向を教えてしまったことが

あって、無理はしないようになりました。

 

でも、ずっと長い間不思議だったんです。

なぜ、いかにも「そちら方面」が弱そうな人に

わざわざ写真撮影を頼んだり、道を尋ねたり

するんだろうと思って。

 

そしたら、最近ネットで見かけたのですが

これHSPによくある例の一つだそうです。

(全員ではなく個人差があると思いますが)

 

HSPの人は他者の気持ちに敏感で、共感する

能力が高いので、困った状況の人が寄って

きやすいらしいです。害がなさそう、

親身に対応してくれそう、ということで。

 

でも道がよくわからないのに聞かれても、

その人にとっては結局二度手間に

なってしまうと思うんですが。

写真も上手に撮ってもらった方が

後々もいいでしょうにねぇ。

(だから苦手オーラを出しているのに・・・)

 

そういえば、昔あるスーパーでの出来事を

思い出しました。

レジが超絶速くて上手な店員さんがいたのに

なぜか、レジの遅い店員さんの方に

皆いつも列を作り並んでいたのです。

 

考えられる理由としては、上手な店員さんは

笑顔がなくツンとしていたことでしょうか。

私は速い方がいいので、喜んでツンの方に

行きましたが。

 

大型スーパーではまた話が別かもしれませんが、

その時に思いました。

やはり人間って他人に優しくされたい生き物

なんだな・・・と。

なるべく傷つきたくないんですね。

 

ところで最近は、道を聞かれることも、

写真をお願いされることも随分減りました。

スマホ&グーグル先生の登場で

ほとんどのことは自分で解決できますからね。

生身の他者に頼らずとも。

 

そう言いつつ、私は今でもしょっちゅう

誰彼かまわず、人に道を聞いています。

グーグルナビを使っているのに

道がわからない時が多々ありまして(恥)

 

自分が道をよく聞かれたりするのは

HSPは関係なくて、自分が人によく尋ねるから

かもしれませんね(^^;

 

最先端の機器、グーグル先生ですら

手に負えない相手。最強の存在。

それを「地図が読めない女」と人は呼ぶ。

 

                                               

                FIN.

 

 

なんて最後クールに決めてみました(*^^*)

決まってない??決まってないね?

こりゃまた失礼いたしましたっっ(ドドンっ)♪♪

 

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

              2022年9月14日

ピッチピチの新聞

私は人が争っていたり

人が声を荒げたりしているのを

見るのがとても苦手です。

これはHSPの典型的な例なんだそうです。

 

一方で、場合にもよりますが、

「その場で存分にやりあってしまえ」

と思う部分もあります。(どっちやねん)

 

何か負の感情が内にこもって

その人の中で変にジメジメするぐらいなら

表に出して発散させた方がいいと。その場で。

 

小出しでガス抜きをしておかないと、

後に関係ない所で大爆発する危険性を

考えてしまうのです。

 

そしてその爆発の矛先は

往々にして「弱者」に向けられることが

多い。それが社会の悲しい現実です。

 

不満や文句があるなら、その発生源に

直接言う事ができればいいわけですが、

それができずに、ストレスを抱える。

すると器が小さく卑怯な人間ほど強がり、

弱い者に当たります。

 

当たる先が身内であれば、多いのは

女性や子供。(ペット等、動物である場合も)

その他大勢であれば「誰でもかまわない」と

言いながら、しっかり自分より弱い(状況の)

人を選びます。

 

ただ、最初の「小出しで発散」の段階で

エスカレートして殺傷事件になってしまう

場合もあるわけですが。

 

以前、ある駅でのもめごとを記事に

書いたことがあります。↓↓

 

butterfly-blink.hatenablog.com

 

私は図書館の新聞・雑誌コーナーに

時々行きますが、そこでも小競り合いに

出くわしました。

上にあげた出来事のすぐ後ぐらいだったと

思います。

 

新聞・雑誌コーナーにいる市民は

基本的に高齢男性の割合が非常に高いです。

私がいつものように「二大砲撃」週刊誌などを

読んでいると、真後ろのソファーで始まりました。

 

またもや「高齢男性VS若者男性」

両者の顔は見えませんが、声でわかります。

若者の方はさすがに10代ではなさそうですが

30代ぐらいまででしょうか。

 

どうやら、

高齢男性がトイレから新聞・雑誌コーナーの

ソファーに戻ると、元々座っていた場所に

若い男性が、座っていたようです。

 

高齢男性はその場所にまた座りたい様子。

自分の席であることを主張しました。

荷物を席に置いていたからなのか、

足の具合が良くないのかどうかは不明です。

 

若い男性の方も、今いる場所から動きたく

なかったようで、「お前が動けよ」といった

悪態をボソッとついたりしながら、

しばらく座っていました。

 

ご老人も何かまた「自分の席なのに」

というような未練をゴネゴネしつつ…。

これはマズい方向になるかな、と思った矢先

若者がまた何か吐き捨てながら移動。

ご老人が座れることになった気配がありました。

 

前回のように、乱暴な怒声が響きわたるとか

警察が来るという事態にはなりませんでしたが、

大事に発展しないかとやはり緊張しました💦

 

席が混んでいるというわけでは全然なかったので、

どちらかがさっと移動すればいいだけの話だと

思うのですが。「あ、座ってるんだね」もしくは

「元々座ってたんですね」と。

何か意地になってしまったのでしょうか?

 

両者とも訳あって他所に動きにくいのであれば、

その理由をつけ足して、

「座らせてもらっていいかな(いいですか)?」

と言えば、気持ちよく済んだかもしれません。

でも実際難しいですよね…。

 

他にも小さいことながら、ヒヤヒヤする行為に

時々出くわすことがあります。

 

先日は、新聞を思いっきりバサバサ音を

立てながら読んでいる高齢男性がいました。

わざとかと思うほどなんです。

 

一つ空けて隣に座っている人がいて、

大丈夫かなと心配になりましたよ。

少し離れた場所の私にもかなり音が響いたので

相当耳障りではないかと(>_<)

 

ちらっとそちらの方向を見ると、

横の人は幸い、特に気にしていない様子。

そのうち「バサバサ主」も読み物を雑誌に

切り換えたようでした。(ホッ。良かった・・・)

 

(↑絵のおじいさんは音立てなさそうですね^^)

 

もし迷惑行為のようなものがあって、

自分がすぐ隣にいたら、どうするだろうか?

たぶんすぐに席を移動すると思います。

では、他に席がなかったら?

自分のためにも、周囲のためにも注意するのが

いいのでしょうけど・・・。

 

私が迷惑の発生源だったら、

率直に注意してほしいですm(__)m

何も知らずに自分が他者みんなを不快な気分に

させていたとしたら、悲しすぎます。

そして、だいぶ後日になってそれを知る時が

来たとしたら、もう辛すぎる・・・(>_<)

 

とはいえ、今はトラブルを避けるために、

三者から間接的に注意を促してもらうのが

一般的なんでしょうね(この場合、図書館スタッフ)。

 

しかし、あえて前提として

高齢男性に直に注意するとしたら。

皆さんはどのように声をかけるでしょうか?

 

いい言葉が思いつきませんが、

こういうのはどうでしょう。

「あら、取れたてのバッサバサですね~。

 こりゃまた随分イキのいい新聞ですな!

 ちょっと締めておきませんか??」

 

 

どうやら滑ったようですね💦

お読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

         2022年9月13日